
私の職場(社会福祉法人)でも、実際にこのような不審メールが届いたことがあります。最初に見たときは、表示名だけを見ると本当に代表者から届いたように見える巧妙な内容でした。
特殊詐欺やなりすましメールの被害は、大企業だけの話ではありません。むしろ、専任のセキュリティ担当者がいない中小法人や中小企業こそ、少ない人数と限られた予算で何とか防ぐ必要があります。
この記事では、社会福祉法人で「ひとり情シス」として実際に取り組んだ、追加費用を一切かけずにできる特殊詐欺・セキュリティ対策を紹介します。高価な教育サービスや専用ツールを導入できなくても、メール設定、職員教育、承認フローの見直しを組み合わせれば、組織の守りを少しずつ厚くできます。

社会福祉法人や中小企業が特殊詐欺に狙われやすい3つの理由
社会福祉法人や中小企業は、決して「狙われにくい組織」ではありません。むしろ、攻撃者から見ると、なりすましや心理的なだましが通りやすい条件がそろっている場合があります。
1. 代表者名がホームページや認可情報で公開されている
社会福祉法人では、法人名、代表者名、役員氏名、所在地、事業所情報などがホームページや行政の公開情報に掲載されていることが多いです。これは法人運営上必要な公開情報ですが、攻撃者から見ると「なりすましに使える格好の材料」になります。
実際に職場へ届いた不審メールも、代表者名を名乗るものでした。メール本文ではLINEグループの作成を促すような内容になっており、もし職員が「代表者からの指示かもしれない」と思い込むと、そのまま誘導されてしまう危険性があります。
2. 職員の入れ替わりが多く、セキュリティ教育が追いつきにくい
福祉現場や中小企業では、職員の入退職、異動、非常勤職員の配置などがあり、全員に同じレベルでセキュリティ教育を行うのは簡単ではありません。
一度研修をしても、新しく入った職員には伝わっていないことがあります。さらに、日々の業務が忙しいため、不審メールや詐欺サイトの見分け方をじっくり学ぶ時間を取りにくいのが現実です。
3. 現場職員がITに不慣れな場合もある
現場職員の中には、パソコンやスマートフォンの操作に慣れていない人もいます。これは能力の問題ではなく、普段の業務でITを使う頻度が限られているためです。
たとえば、突然ブラウザに大きな警告音が鳴り「ウイルスに感染しました」と表示された場合、落ち着いてブラウザを閉じるより先に、画面に表示された電話番号へ連絡してしまう可能性があります。
そのため、IT担当者だけが詳しくなるのではなく、「職員が迷ったときに取る行動を決めておき、周知・対応訓練をしておくこと」が重要になります。
特殊詐欺は「完全な被害」になる前のヒヤリハットが多い
特殊詐欺対策で大切なのは、実際にお金を失った事例だけを見るのではなく、被害の一歩手前で止まった「ヒヤリハット」を拾い上げる工夫です。
【職場で起こりうるヒヤリハットの具体例】
- 例①:代表者を名乗るメールが届き、「急ぎでLINEグループを作ってほしい」と書かれていたため、職員が返信しそうになった。
- 例②:インターネット閲覧中に突然「ウイルス感染」と表示され、警告音が鳴り続けたことで、職員が画面に出た電話番号へ連絡しそうになった。
- 例③:オンラインバンキングで振込作業をしている担当者が、取引先を装ったメールに記載された「別口座」へ振り込みそうになった。
どれも、最後の一歩で止まれば金銭的な被害にはなりません。しかし、止まれなかった場合は重大な金銭被害や個人情報流出につながります。
職場では「実際に被害が出ていないから大丈夫」ではなく、「途中まで進みかけたことがあるなら、次は止められないかもしれない」と考えて先手を打つことが大切です。
予算ゼロ・今すぐできる中小企業の特殊詐欺対策6選
ここからは、私の職場で実際に効果があった、追加費用をかけずにできる対策を6つ紹介します。ポイントは、1つの対策で防ぎ切ろうとせず、複数の薄い防御を重ねること(多層防衛)です。

対策①:メールの「送信者表示名」を変更してなりすましを見分けやすくする
まず行ったのが、メールの送信者表示名を見直すことです。送信者表示名とは、メール一覧に表示される「差出人の名前」のことです。メールアドレスそのものではなく、利用者が見やすいように表示される名前です。
攻撃者は、この表示名を「代表者名」や「法人名」に変えて、あたかも内部の人から届いたように見せかけます。本文を読む前に「代表者からだ」と思い込んでしまうと、どうしても怪しむ目が緩んでしまいます。
そこで職場では、内部メールと外部メールの見え方を意識し、なりすましに気づきやすい表示に変更しました。Outlookなどを使っている場合も、連絡先の登録名や表示名のルールを整理しておくと、違和感に気づきやすくなります。
たとえば、次のようにします。
- 変更前の表示名
-
山田 花子(abc@def.jp)
- 変更後の表示名
-
山田 花子_1234_法人名(abc@def.jp)
※1234の箇所は法人内で決めた数値を入れます
対策②:不審メールアドレスをサーバのブラックリスト(受信拒否)へ登録する
代表者をかたる不審メールを発見した場合は、そのメールアドレスやドメインをメールサーバのブラックリストに登録しています。
登録した相手からのメールを受け取りにくくすることで、同じ送信元からの再攻撃を減らせます。私の職場では、以下のような運用フローを回しています。
- 職員から不審メールの報告を受ける
- 送信者名だけで判断せず、メールアドレスと本文を確認する
- 代表者名や取引先名をかたっている場合は、全職員へ注意喚起する
- メールサーバの管理画面から、ブラックリストへ送信元アドレスを登録する
- 同様のメールが他の職員に届いていないか、必要に応じて確認する
※もちろん、攻撃者は頻繁にメールアドレスを変更して送付してきます。
これだけで100%は防げません。
しかし、「注意喚起」と「即時ブロック」を組み合わせることで、法人内の他のメールアドレスへ送信されることを防ぐことと、法人内の警戒レベルを維持できます。
対策③:無料の特殊詐欺仮想体験ツール(LINE)で職員教育を行う
職員教育では、大阪府警と香川大学サイバーセキュリティセンターなどが共同開発した、特殊詐欺の仮想体験ツールを活用しました。
このツールはLINE上で動作し、スマートフォンで詐欺のやり取りを疑似体験できます。無料で利用でき、通信費の目安は約5MB程度です。職場で使う場合は、Wi-Fi環境で体験してもらうと案内しやすいです。
体験できる内容は、主に「ニセ警察詐欺」「SNS型投資詐欺」「闇バイト応募トラブル」「SNS型ロマンス詐欺」などの5種類。LINEのトーク画面に近い形で進むため、普段スマートフォンを使っている職員にも直感的に伝わります。
【おすすめの研修手順(所要時間:約5〜10分)】
- 朝礼や会議で「最近の詐欺手口」として紹介する
- QRコードや案内文を記載した紙を配布する
- 各自で1種類だけでも体験してもらう
- 最後に「怪しいと思ったら自分で判断せず報告」と伝える
教育の目的は、職員を怖がらせることではありません。「これは怪しいかもしれない」と立ち止まる経験を、被害に遭う前にしてもらうことです。
対策④:偽のウイルス警告(ブラウザクラッシャー)は「電源の強制終了」で統一
ネットサーフィン中に突然「ウイルスに感染しました!今すぐお電話を!」と大音量で警告が鳴るトラブル(通称:ブラウザクラッシャー)。私の職場でも、これに引っかかってパニックになる職員がいました。
実際にウイルス感染しているわけではなく、画面を閉じさせないようにしているだけなのですが、ITに詳しくない人は焦って画面の電話番号に電話したり、指示された遠隔操作ソフトを入れてしまったりします。
そこで、職場での行動指針を極限までシンプルにしました。
「焦らず、PCの電源ボタンを長押しして強制終了する」
細かい手順をたくさん覚えてもらうより、危険な操作をその場で止めることを最優先にしました。「困ったら画面の電話番号へ連絡しない」「自分で何とかしようとせず、電源を切って報告する」と伝える方が、現場の職員は実践しやすいです。

対策⑤:既存のウイルス対策ソフトで不審な広告サイトをブロックする
新しいセキュリティ製品を買わなくても、すでに導入しているウイルス対策ソフトの機能を使いこなすだけで対策になります。
多くのウイルス対策ソフトには、Webサイトのブロック機能(URLフィルタリング、有害サイトブロックなど)が付いています。偽の警告画面や詐欺サイトへ誘導する入り口となる「不審な広告ドメイン」や、過去に職場で問題になったURLをブラックリストに登録しておきます。
注意点として、業務で使用するサイトを誤ってブロックすると現場からクレームが来ます。最初は範囲を広げすぎず、明らかに不要・不審なサイトからピンポイントで登録していくのが安全です。
対策⑥:オンラインバンキングの「申請者」と「承認者」を分離する
金銭被害を直接防ぐうえで最も重要なのが、オンラインバンキングの承認フローです。私の職場では、「申請者(データ作成)」と「承認者(最終決済)」を完全に分離し、1人では振込が完結しない運用に変更しました。
振込詐欺やビジネスメール詐欺(BEC)では、「急ぎ」「今日中」「代表者からの極秘指示」など、担当者を焦らせる言葉が使われます。1人で完結する運用だと、焦ったまま処理してしまう危険があります。
二重確認の仕組み(ダブルチェック)を作っておけば、承認者が「この口座はいつもと違う」「本当に代表者の指示か、直接電話して確認しよう」と気づくことができます。これは専用ツールではなく、多くの金融機関のオンラインバンキングに標準搭載されている権限設定で対応可能です。
中小企業・福祉法人が無料で使える公的セキュリティリソースまとめ
予算をかけにくい職場では、官公庁や公的機関が公開している無料リソースをフル活用しましょう。職員教育や社内回覧にそのまま使えるおすすめのサイトです。
仮想体験ツールで学ぶニセ警察詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺等【令和7年8月】
特殊詐欺仮想体験ツール(LINE)
スマホでリアルな詐欺手口(ニセ警察、闇バイト等)を疑似体験できるLINE公式アカウント。新入職員や現任研修に最適。
https://www.police.pref.osaka.lg.jp/seikatsu/20935.html


IPA(情報処理推進機構)
「情報セキュリティ10大脅威」
毎年公開される、組織が注意すべき最新の脅威ランキング。管理職向けの説明や、年間のセキュリティ教育テーマの策定に便利。
https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2026.html
IPA(情報処理推進機構)
「5分でできる!自社診断」
専門知識がなくても、自社のセキュリティ状況を短時間で可視化できる自己診断シート。経営層との話し合いの材料に。
https://www.ipa.go.jp/security/guide/sme/about.html
総務省
「国民のためのサイバーセキュリティサイト」
パスワード管理やWi-Fiの安全な使い方など、基礎知識が分かりやすく解説されているサイト。社内報のネタ本として優秀。 フィッシング対策協議会 現在流行しているフィッシングメールの実例や偽サイトの最新情報が掲載。怪しいメールが届いたときの答え合わせに。
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/cybersecurity/kokumin/
そのまま使える!職員への周知文・マニュアルテンプレート
社内メールや掲示板、回覧板にそのままコピー&ペーストして使えるテンプレートを用意しました。必要に応じて、法人名や担当部署名、連絡先を書き換えてご活用ください。
テンプレート1:特殊詐欺・不審メールへの注意喚起(メール用)
件名:【注意喚起】代表者や取引先を名乗る不審メールにご注意ください
職員各位
最近、当法人の代表者名や取引先名を名乗り、LINEグループへの参加、急ぎの返信、振込手続きなどを求める不審メール(なりすましメール)が確認されています。
メールの表示名が知っている人の名前であっても、実際の「送信元メールアドレス」が全く異なる場合があります。少しでも不審に感じた場合は、返信や本文中のリンク(URL)のクリックをせず、すぐに[担当部署名]までご連絡ください。
【特に注意すべきメールの特徴】
- 「至急」「今日中」など、対応を急がせる内容
- LINEや外部チャット、SNSへの誘導
- 突然の「振込先口座の変更」の依頼
- 不自然な日本語や、普段使わない言い回し
少しでも「おかしいな」と思ったら、自分だけで判断せず、まずは周囲や担当者への確認をお願いいたします。
テンプレート2:偽警告(ブラウザクラッシャー)遭遇時の対応手順書(印刷掲示用)
パソコンに「ウイルス感染」の警告画面が出たときの対応手順
インターネットの閲覧中に「ウイルスに感染しました」「今すぐ下記の番号に電話してください」などの警告画面がポップアップし、大音量で警告音が鳴っても、慌てて操作しないでください。それは偽の警告画面(詐欺)です。
【絶対にしてはいけないこと】
- 画面に表示された電話番号には絶対に電話しない
- 画面上の「更新」「削除」などのボタンやリンクはクリックしない
- 遠隔操作ソフトのインストール指示には絶対に従わない
【取るべき正しい行動】
通常の操作(×ボタンなど)で画面が閉じられない場合は、パソコンの電源ボタンを長押しして「強制終了」してください。電源を切ったあと、[担当部署名]まで状況をご報告ください。
大切なのは、画面の指示に従わないことです。困ったときは、操作を止めてすぐ報告してください。
まとめ:セキュリティ対策は「1つの完璧」より「複数の組み合わせ」
特殊詐欺やなりすましメールへの対策は、高価なツールを入れれば終わりではありません。特に中小法人や中小企業では、限られた予算の中で、今ある仕組みをどう活用するかが重要です。
- メール設定:送信者表示名を見直し、なりすましに気づきやすくする
- 即時対応:不審メールは発見次第、ブラックリスト登録と注意喚起を行う
- 職員教育:無料の仮想体験ツール(LINE)で、詐欺の手口を擬似体験してもらう
- 技術的制限:ウイルス対策ソフトの機能を使い、不審な広告サイトをブロックする
- ルール化:偽警告(ブラウザクラッシャー)は「焦らず電源を強制終了」とシンプルに伝える
- 組織防衛:オンラインバンキングは申請者と承認者を分け、1人での決済を防ぐ
1つひとつの対策は小さく見えるかもしれません。しかし、メール、教育、Web閲覧、振込承認を組み合わせることで、強固な「多層防衛」へと変わります。
ひとり情シスや兼任の総務担当者は、日々の業務だけでも手一杯になりがちです。それでも、今日できる小さな対策を積み重ねれば、職場を守る力は確実に上がります。同じように限られた予算と人員で奮闘している担当者の方にとって、この記事が職場のセキュリティを見直すきっかけになれば幸いです。

